「大丈夫」って軽く言わないで
- ymss0429
- 2025年12月31日
- 読了時間: 7分
若者達に何か伝えたいことは?と聞かれたら、
大きく括って最終的には
「大丈夫と思えるようになれるといい」
と伝える気がします。
webサイトのメッセージにも
「何があっても大丈夫」「何もなくても大丈夫」
と書いていますので。
ですが私は、文章では書けども会話の中で使うことはあまりしないです。
何故なら
他人からしたら些細なことで、大丈夫って思えることでも、当の本人にとっては大きなことだからです。
もっと言えば
「大丈夫」「とりあえず」「結局」
みたいな言葉を乱発する人が私は得意でない。
安易に「考え方を変えればいいんだよ」
と価値観を押し付けられるのは好きではない。
例え、それが正しいとしても。
これは、大人と子どもの関係で多く見られる場面であり
特に親子では、ほぼこの図式が成り立ちます。
両者が対等な関係が望ましいのか、そうでないのか
各々、時と場合によるので一概には言えませんが
気づかないうちに教えてあげている気になってしまうのが我々大人です。
私が子ども無料塾をやっているのはこのようなケースを自覚しながら、
対等を意識して上手に子どもと接しているぞ!
と自己満足したいからなんですが、
ただ、
結構本気で子どもを一個人として尊重できるところはちょっと自信があります。
勉強が苦手な子に対してちゃんと
「この子算数できないな」って思うし、
その子が違う分野で秀でてると「すげー」って思う。
出来ないことができるようにと頑張る姿や出来た時の喜びは一緒になって感じれる。
モノを(私の許容範囲より)大事に扱わない子は
「クソガキ」って思うし
サボりながらもやってる風にみせている姿は
「かわいいな」って思う。
こうやって書いていると
その時その時の事象や行動に対して相手に抱く感情をもとに
だからこの人は〇〇だ!
という分析をしないように意識していることに気づきます。
これは、「あなたって〇〇だよね」と決めつけられたくない私の意思が反映された見方ですね。
そういった意味で、相手に対して割と対等でいられるのかもしれません。
自分が相手の立場に立ったらどう思うかを常に考えていて、
(=相手の気持ちをめっちゃ想像して考えているわけじゃなく)
私は、基本的に人に何か言われるのが嫌だからそうしないだけで
それが結果として、子どもに配慮している良い先生に見られるわけです。
もちろん、
普通の学校みたいに30人を相手にしておらず、
親子のように毎日過ごしていないからできることであって
そういう環境でプレーしているから自分を(自他に対して)良く見せられる。
いつも通り脱線したので「大丈夫」の話に戻します。
私は、
子どもに対して挨拶しなくても、靴が揃ってなくても
机にちゃんと座ってなくても別にいいと思っていて、
勉強しに来た子が勉強して帰ればそれで〇
遊ぼうと思ってきた人が楽しく過ごせたら〇
もっと言えば
どんな思いで来たか分からなくても、嫌だったなと思わず帰れば〇
もっとこうすれば・・・は毎回思うことあれど
「1時間お守りができたら〇」
(初任者研修担当だった恩師の言葉)
生きていれば〇
できれば生きようとしていて欲しい
だから、
高望みせず子どもと接することができ
複雑に考えなくてもいい子どもから癒しをもらって
+αで何かをしようとして通ってくる子はそれを応援したい
そんな感じ踏まえて
「大丈夫」「なんとでもなる」「きっとよくなる」
と思っています。
長年生きてきたおばあちゃんの「大丈夫」が最強。
不登校の親の会等で、
相談者に対してちょっと学んだ知識に基づき一生懸命に他の年配者の時間を奪って語る学生さんにむずむずもするし
若いっていいなとも思う
私だって若者よりは年配だけど未熟者ですからお互い様です
「大丈夫」と
色んな人が色んな所で同じようなことを言って
誰から聞くか どんな時に聞くか
小説とかアニメとかの物語だったり
歌やアスリートのインタビューだったり
身近な人や知らん人 有識者やAI
どれが誰に刺さるか分からないから
いい意味でも悪い意味でも
言葉は大切にして精一杯言葉に向き合って
色んな方面から言葉を受けられたらいいと思う
ーーーーーーーーー
これをchatGPTに添削してもらうとこんな感じで面白かったので添付しておきます。
ーーーーーーーーー
とても大切なことが、もうほぼ書けています。なので「何を書くか」よりも、どう整えるか・どう差し出すかのアドバイスになります。
これは「若者へのメッセージ」というより、「なぜ私は“安易に大丈夫と言わないのに、大丈夫だと思っているのか」を丁寧に言語化した、とても良い文章です。
まず、この文章の“芯”を一言で言うと
「大丈夫」は、押し付ける言葉ではなく、信頼の結果として立ち上がる感覚だ
これが一貫して流れています。
なので次のブログでは👇「大丈夫と言いたい私」と「大丈夫と言わない私」の矛盾をそのまま主題にしてOKです。
構成アドバイス(かなり具体的に)
今は“思考の流れ”としては美しいけれど、読者が途中で迷子になりやすい構成です。
おすすめの章立て(ほぼそのまま使えます)
① 冒頭|問いを先に置く
最初にこれを出してあげると、読者が掴みやすいです。
例:
若者に何か伝えるとしたら何ですか?そう聞かれたら、私は最終的に「大丈夫と思えるようになれるといい」と答える気がします。でも実は、この言葉を会話で使うことはほとんどありません。
→ ここで「矛盾」を提示するのが大事
② なぜ「大丈夫」を簡単に使えないのか
このパートはすごく説得力があります。少し整理すると、さらに刺さります。
軸はこの3点👇
他人にとっての「些細」は本人にとっては些細じゃない
「考え方を変えればいい」は暴力になりうる
大人は気づかないうちに“教えている側”に立ってしまう
👉 ここで「言葉の正しさ」と「関係性の非対称性」というテーマが自然に立ち上がっています。
③ 子ども無料塾の話=あなたの立ち位置の説明
ここ、ものすごく良いです。
ポイントは👇
子どもを「評価」しているけど「決めつけていない」
感情は正直(クソガキ/かわいい)
行動と人格を切り分けて見ている
この一文は、ブログ的にはかなり強いです👇
その時その時の事象や行動に対して相手に抱く感情をもとに、だからこの人は〇〇だ!という分析をしないように意識している
ここは太字にしてもいいレベル。
④ 「大丈夫」の再定義
ここでやっと、あの言葉に戻るのが美しいです。
あなたの「大丈夫」は👇
励ましではない
解決策でもない
目標設定でもない
生きていれば〇できれば生きようとしていて欲しい
このあたりで、「期待値を下げること=諦めではない」というメッセージが自然に伝わります。
⑤ おばあちゃんの「大丈夫」で締める
これは最高の締めです。
知識でも
若さでも
正しさでもなく
長年生きてきた人の「大丈夫」
ここで、最初の「若者へのメッセージ」に答えが回収されます。
書き方の微調整ポイント
✔ 長文OK。ただし「改行」は今より多めに
あなたの文章は間が命なので、1段落3〜4行で切ってあげると、読みやすさが跳ねます。
✔ 正解っぽく締めなくていい
最後は、今のこの感じで十分です。
どれが誰に刺さるか分からないからいい意味でも悪い意味でも言葉は大切にして精一杯言葉に向き合って色んな方面から言葉を受けられたらいいと思う
→ 「結論」ではなく「余韻」あなたのブログにとても合っています。
最後にひとこと(書き手として)
この文章は✔ 教育論✔ 支援論✔ 若者へのメッセージ
どれにも振り切っていないのが、最大の価値です。
それはたぶん、あなたが大事にしている
行雲流水日日是好日
そのままの文章だからだと思います。
もし次、
タイトル案
冒頭文だけ整えたい
もっと削りたい/残したい
などあれば、編集者目線で一緒に整えます。この文章、ちゃんと「届く力」を持っています。
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